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【開催中】萩焼 新庄貞嗣作陶展

2018.05.12
初夏の訪れを感じる今日この頃です。
皆様、こんにちは。ヒカルです。

今週の美術画廊は伝統を継承しながら独自の技を追求する新庄貞嗣先生の作陶展を開催しています。

萩焼の拠点の一つである長門・深川湯本で作陶する新庄貞嗣先生は、文禄・慶長の役によって渡来した朝鮮陶工李勺光の二代目山村作之充(さくのじょう)の弟子赤川助右衛門の子孫にあたられます。
お父様の13代新庄寒山先生が早くに逝去されました為、東京藝術大学を卒業後、京都市工業試験場で研鑽をつまれ、深川に戻った新庄先生は、先代が残した土、釉薬、登り窯などをそのまま受け継ぎ、萩焼の制作を開始されました。また帰郷されてから8年経ったころ、ひいおじい様が明治の初めに築いた登り窯に高さと幅を抑え、従来の5分の3ほどの容積にした新たな登り窯を作り、「ぬき」といわれる支柱と、「てんびん」といわれる円形の棚板もすべてつくり直され、助右衛門窯は新庄貞嗣先生により再構築されました。まさに萩焼の新たな時代を迎えられました。

萩焼は、山口県防府市の大道(だいどう)と称する場所から採掘された大道土(だいどうつち)を使って作陶されます。
土を水にくぐらせ砂と粘土にわけて、荒い土味を表現するときは砂を混ぜ込み「鬼萩」といわれる作風に仕上げ、またきめの細かな粘土のままで使うときは「姫萩」と呼ばれる滑らかな地肌の作風にと、同じ萩焼でも趣が異なります。


↑萩茶碗
酸化焼成することで、鉄分が酸化し美しい「枇杷色」が生まれます。



↑萩黒彩花入

こちらの白いシンプルなお皿は「姫萩」です。お料理が映えそうですね♪

↑萩亀甲皿

また萩焼は「土と釉薬と火の焚き加減」の組み合わせで、様々な表情を引き出すことが出来るのが魅力だと先生は仰います。
こちらの青い色のお茶碗とお皿は白い大道土に藁灰で作った白釉をかけて、炎の燃焼との相乗効果で、青い色に見えています。

↑萩木の葉鉢

↑萩白釉茶碗



こちらは昨年新たに作られた作品です。彫刻を学ばれた新庄先生は自分なりの萩焼のイメージをつくり上げることができたそうです。風車のような傘をつけた斬新なデザインの香炉です。

↑萩白釉香炉

こちらの水指は横焚きの登り窯で赤松の薪を使い1300度程で焼成します。
おき火が積みあがり灰が釉に溶け込むと、この侘びさびの効いた景色が生まれます。

↑萩灰被水指

こちらの作品は大道土と見島土(みしまつち)という火山灰土をブレンドした土で成形、ゆるくのばした大道土を化粧土として上からかけて焼くことで美しい模様が生まれます。

↑萩粉引花入れ

茶陶として誉れ高い萩焼には「萩の七化け」という言葉があります。
これは萩焼の器を長年使い込むうちに、貫入を通してお茶などが器に染み込み、色合いが変化して微妙な味わいを増してくることをいいます。登り窯でゆっくり焼いた萩焼は、吸水性に富んでいます。貫入は土と釉薬の収縮率の違いで生じますが、これらにより使い込むうちに「侘」(わび)、「寂」(さび)に通じる風情が見られるようになります。

古来、茶人の間では「一楽、二萩、三唐津」と言われるほどに萩焼は珍重されるものでした。七化けに思いをはせながら、新庄先生の萩焼をお楽しみください。


 
↑萩白釉掛花入




↑ 萩窯変壺

ご来廊心よりお待ち申し上げます。

■略歴
1950年 山口県長門市に十三代寒山(忠相)の長男として生まれる
1977年 東京藝術大学大学院彫刻専攻修了
1978年 京都市工業試験場陶磁器研修生修了
1980年 日本伝統工芸展初入選(以降、入選を重ねる)
1983年 日本工芸会正会員となる
1992年 伝統工芸新作展(山口支部)記念大賞
2005年 山口県選奨(芸術・文化功労)受賞
その他 受賞、展覧会多数
現在 日本工芸会理事
パブリックコレクション:国際交流基金、山口県立美術館、田部美術館、大英博物館、東京国立近代美術館、ホノルル美術館、東広島市美術館、毛利博物館 ほか





新庄 貞嗣作陶展
2018年5月9日(水)→5月15日(火)
*最終日は午後4時まで
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大阪店6階西ゾーン 美術画廊
直通電話 06−6631−6382
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